2012年05月04日
プリンスの経営破綻で思いだしたこと
このGWで一番ビックリしたのは、私的には、プリンスの経営破綻で、過去の記憶が一気に蘇りました。
その昔、GSSパンサーテニスクラブ(というか学習院大学)卒業後の就職活動は、GSSパンサーを軌道に乗せること、そして、学習院大学テニス同好会連盟の発足と第1回院内テニス同好会大会の開催に関わり、その全てが終了してからでした。
(正直、周りは内定で、かなり遅れての就職活動でした。)
いろいろな業界の企業研究を開始しましたが、もう気持ちは、テニス業界、それもラケットを中心に、テニス用品を総合的に、企画、開発、製造、販売するテニス総合メーカーに。
必然的に、国内メーカーとなりました。
海外ラケット、例えば、ヘッドもありましたが、製造までは海外で、国内では、大沢商会(こちらも確か、後に経営破綻?)が販売だけを扱っていました。
当時、まだウッドが主流で、国内シェアは、オールマンを筆頭にしたカワサキラケットが1位、次がウィニングショットを筆頭にしたフタバヤだったかと思います。
ヨネックスは、当時、アルミ製ラケットという独自路線でしたが、この2社には、及ばず。
ミズノは、総合スポーツメーカーでテニスへの注力は?と感じていました。
ヤマハもテニスラケットを製造、販売していましたが、やはり、主体はテニス以外で、確か後にテニスラケットから撤退したかと?思います。
それから数年の間に、業界トップのカワサキラケット、2位のフタバヤが経営破綻するという、考えられないことが起こりました。
いろいろな原因がありますが、私が感じたのは、プリンスが始めたデカラケの影響です。
あれで、テニスラケットの流れが180度変わりました。
ウッドかつレギュラーサイズ(これもデカラケがなければ出てこない表現ですが)のラケットから、金属かつデカラケまたはミッドサイズという流れです。
これに、うまく乗れたのは、海外ではプリンス、国内ではヨネックスで、駄目だったのが、かつての1位、2位企業だったのではと思います。
もし、デカラケという発想が出てこなかったり、テニスルールで、ラケットの素材(木に限る)とサイズ(レギュラーサイズ)が限定されていたら、もしかして、今も、カワサキラケットやフタバヤが主流だったかもしれません。
そういう思いの中で、プリンスが経営破綻したと聞き、かつてデカラケで業界を一変させたメーカーが、今度は自分が破綻したのかという何とも言えない思いです。
確かに、私がテニスが出来なかった間に、バボラという聞いたことがなかったメーカーが主流になっていたりと、テニス業界もさらに変化があり、プリンスはその競争の中で、厳しかったのかなと。
あとは、カワサキもフタバヤもテニスラケットとしての歴史あるブランド名は、残念ながら無くなってしましたが(レジャー向けではまだあるような噂は聞きましたが)、今回のプリンスでは支援企業が出てきて、再生し、ブランド名が残ることを願っています。
その昔、GSSパンサーテニスクラブ(というか学習院大学)卒業後の就職活動は、GSSパンサーを軌道に乗せること、そして、学習院大学テニス同好会連盟の発足と第1回院内テニス同好会大会の開催に関わり、その全てが終了してからでした。
(正直、周りは内定で、かなり遅れての就職活動でした。)
いろいろな業界の企業研究を開始しましたが、もう気持ちは、テニス業界、それもラケットを中心に、テニス用品を総合的に、企画、開発、製造、販売するテニス総合メーカーに。
必然的に、国内メーカーとなりました。
海外ラケット、例えば、ヘッドもありましたが、製造までは海外で、国内では、大沢商会(こちらも確か、後に経営破綻?)が販売だけを扱っていました。
当時、まだウッドが主流で、国内シェアは、オールマンを筆頭にしたカワサキラケットが1位、次がウィニングショットを筆頭にしたフタバヤだったかと思います。
ヨネックスは、当時、アルミ製ラケットという独自路線でしたが、この2社には、及ばず。
ミズノは、総合スポーツメーカーでテニスへの注力は?と感じていました。
ヤマハもテニスラケットを製造、販売していましたが、やはり、主体はテニス以外で、確か後にテニスラケットから撤退したかと?思います。
それから数年の間に、業界トップのカワサキラケット、2位のフタバヤが経営破綻するという、考えられないことが起こりました。
いろいろな原因がありますが、私が感じたのは、プリンスが始めたデカラケの影響です。
あれで、テニスラケットの流れが180度変わりました。
ウッドかつレギュラーサイズ(これもデカラケがなければ出てこない表現ですが)のラケットから、金属かつデカラケまたはミッドサイズという流れです。
これに、うまく乗れたのは、海外ではプリンス、国内ではヨネックスで、駄目だったのが、かつての1位、2位企業だったのではと思います。
もし、デカラケという発想が出てこなかったり、テニスルールで、ラケットの素材(木に限る)とサイズ(レギュラーサイズ)が限定されていたら、もしかして、今も、カワサキラケットやフタバヤが主流だったかもしれません。
そういう思いの中で、プリンスが経営破綻したと聞き、かつてデカラケで業界を一変させたメーカーが、今度は自分が破綻したのかという何とも言えない思いです。
確かに、私がテニスが出来なかった間に、バボラという聞いたことがなかったメーカーが主流になっていたりと、テニス業界もさらに変化があり、プリンスはその競争の中で、厳しかったのかなと。
あとは、カワサキもフタバヤもテニスラケットとしての歴史あるブランド名は、残念ながら無くなってしましたが(レジャー向けではまだあるような噂は聞きましたが)、今回のプリンスでは支援企業が出てきて、再生し、ブランド名が残ることを願っています。