2010年02月20日
大遠距離恋愛
テニスメーカーを退職直後、結婚したのですが、相手(今の女房ですが)は、大テニススクールで、Kプロ選手と九州に行ったときの、スクール生でした。
30年前の東京と九州ですから、知り合ってからの連絡手段や費用が大変でした。
当然、携帯電話もパソコンもありませんので、自宅の電話か公衆電話ですが、電電公社(今のNTTで、当時の電話会社は1社しかありません)の料金は、長距離料金がすごく高く、百円玉を何十枚も持って、公衆電話で話をしていました。
また、会いに行くのも大変で、当時の航空運賃は、たぶん今と同じか、割引運賃がないので、高かったかもしれません。往復で5万円前後だったと思います。それでも、土曜日朝の飛行機で行って、日曜日の夜の飛行機で帰ってくるというハードスケジュール。おかげで、最初は苦手だった(怖かった)飛行機が、大好きになりましたが。当時としては、たぶん大遠距離恋愛だと思いますが、2年間続いて、結婚しました。
大学生活(GSSパンサー)、社会人スタート(テニスメーカー)、結婚(テニスで知り合い)と、全てがテニスに関連していましたね。
30年前の東京と九州ですから、知り合ってからの連絡手段や費用が大変でした。
当然、携帯電話もパソコンもありませんので、自宅の電話か公衆電話ですが、電電公社(今のNTTで、当時の電話会社は1社しかありません)の料金は、長距離料金がすごく高く、百円玉を何十枚も持って、公衆電話で話をしていました。
また、会いに行くのも大変で、当時の航空運賃は、たぶん今と同じか、割引運賃がないので、高かったかもしれません。往復で5万円前後だったと思います。それでも、土曜日朝の飛行機で行って、日曜日の夜の飛行機で帰ってくるというハードスケジュール。おかげで、最初は苦手だった(怖かった)飛行機が、大好きになりましたが。当時としては、たぶん大遠距離恋愛だと思いますが、2年間続いて、結婚しました。
大学生活(GSSパンサー)、社会人スタート(テニスメーカー)、結婚(テニスで知り合い)と、全てがテニスに関連していましたね。
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